恋愛小説あるいは不倫小説の大御所渡辺淳一の若い頃の作品に、『葡萄(ぶどう)』という短編がある。そこに、
医学生だった渡辺淳一が、解剖実習で体験した事実を元にしているというシーンがある。
そのシーンに出てくる「ホルマリン液」という単語から当時(1965年頃)の大学医学部の建物の様子や遺体安置の方法が想像できる。つまり、医学部の建物の地下にホルマリンのプールがあって、解剖を待つ死体がぎっしり。普段は底のほうに沈んでいるのだが、なぜか浮き上がってくる死体がある。それを棒でつついて沈める。解剖用に選ばれた死体は、直前に洗浄される。こうした仕事はアルバイターに任され、かなり高額の報酬が支払われる……。
まさに、ノーベル賞作家大江健三郎の『死者の奢り』の世界そのままである。
が、大江が描いた病院の地下のホルマリン液のプールでのアルバイトは、1950年代はじめに立川基地で朝鮮戦争で犠牲になった米兵の死体洗いのバイトの噂が立って5年以上もあとのことだ。そして、死体洗いのアルバイトの話は、1970年にベトナム戦争とともに再浮上し、1980年代以降、「大学病院で」となる。
いずれにせよ、死体洗いのアルバイトには 異論 がある。
病院の地下室にホルマリンのプールという実例がない。ホルマリンは気化しやすい物質。プールのように密封せずにおいたら、どんどん気化してしまう。さらにホルマリンは有毒物質。防護ギアを着けないアルバイト仕事は危険すぎる。生物をホルマリンに漬けると防腐効果はあるが非常にもろくなるため、死体がボロボロになって解剖には使えない。安全上・倫理上あるいは法律上の問題からアルバイトなどに解剖用の死体の処理を任せることはまずない。
となると、病院の地下にホルマリンのプールがあって、高額で死体の洗浄作業をアルバイターに任せているという都市伝説は、現実には存在しないものなのだろうか?
ところが 死体洗浄のアルバイトをしたというA氏のこんなレポートがある。
「作業はふたり1組。刺激が強すぎて、稀に精神を病む人がでるためである。柔らかいスポンジで丁寧に洗浄していく。1体7万円。1日2体が限度。なぜかは想像してください。仕事は、会うことのない斡旋業者経由。連絡は電話のみ」
正式には、病院や大学と契約した外部企業が一切を取り仕切っていることになっているが、こうした情報が漏れているということは、裏のルートでもあるということなのだろうか。
だが、 真相 はこうだ。
某医大に通っていた知人の息子の話であるが、医大は全国各地にごまんとある。当然、需要に応じきれない。そこで隣の某大国から解剖実習用の死体が買い付けられているという。相場は、一体につき50万。ただし、これを聞いたのは、30年前の話である。