キットカットの歴史


70年以上もあるキットカットの歴史をまとめてみました◎


1935年 イギリスでチョコレートクリスプが生まれる!


イギリスのロントリー・マッキントッシュ社が、ウェハースをチョコレートで包んだ「チョコレートクリスプ」を発表しました。
ロントリー社の工場で働く男性から寄せられた、
「お弁当と一緒に職場に持って行けるチョコレートバーを作ってはどうか」
という提案から、初めてキットカットの元となる「4フィンガー(バーが4本連なった形状)」の製品が生まれました。
これがキットカットのはじまりです。



1937年 キットカット チョコレートクリスプ

製品名が少し長いことを懸念したロントリー社が、「チョコレートクリスプ」に「KIT KAT(キットカット)」というブランドを付け、「キットカット チョコレートクリスプ」という名前に。

     「Break」誕生!

この年、初めてキットカットで「Break(ブレイク)」する、というコンセプトを打ち出した広告を開始。70年以上経った今でも、「キットカット」と「ブレイク」を結びつけたこのコンセプトは継続され、キットカットに欠かせないブランド資産となりました。



1942年 青いキットカットの時代

第二次世界大戦が始まると、チョコレートの大切な原材料である牛乳の供給がままならなくなり、ロントリー社は製品のレシピの変更を余儀なくされました。消費者からの信頼を失うことを懸念したロントリー社は、「チョコレートクリスプ」という名前をパッケージから消して「キットカット」だけを残し、さらに今まで赤かったパッケージを青に変更。「戦争が終わるまでチョコレートクリスプは作れません」と広告を出しました。
また、パッケージには「平和な時代に楽しんでいただいていたチョコレートクリスプは、牛乳不足のため作ることができなくなった。このキットカットは、現在我々が提供できる、最大限味を近づけたレシピで作られた製品です」と説明書きがつけられたそうです。



1949年 帰ってきた赤いキットカット!

戦争も落ち着き、使用できる牛乳の量も徐々に回復し、赤いパッケージが復活★



1958年 Have a break, have a Kit Kat.

この年に初めて 「Have a break, have a Kit Kat」というコミュニケーションが開発。
このコミュニケーションを使ったテレビCMが作られたり、イギリスで大きなキャンペーンが行われたりしました。



1973年 キットカット日本上陸!

ついにキットカットが日本で発売!
当時はロントリー社と提携した不二家から発売されていました。



1989年 ネスレ霞ヶ浦工場で製造開始!

ロントリー社がネスレに吸収された関係で、ネスレと不二家の合弁会社「ネスレマッキントッシュ社」が設立。
ネスレ霞ヶ浦工場で製造が開始されました。



1990年〜 ラインナップの拡大

1996年に、イギリスで世界初となるミルクチョコレート味以外のキットカット「キットカット オレンジ味」、
1999年には 同じくイギリスで大きめのバータイプのキットカットが発売されるなど、1990年以降様々な形やフレーバーのキットカットが世界で発売され、楽しまれるようになりました。



現在 70年以上経った今でも、キットカットは世界中で愛されています!

☆世界第2位のキットカット大国、日本!☆
世界と比較してみると発売自体はそれほど早くはなかった日本でしたが、現在はなんとキットカットの本国イギリスに次ぐ、世界第2位のキットカット消費国なのです!!!!
これまで日本で発売されたキットカットの種類はなんと100種類以上。世界に類を見ないスピードでキットカットの開発が進められています。