札幌新川高等学校


本校は、石狩湾に注ぐ「新川」のほとりに聳え立つ、札幌の市立高校です。

国際交流・姉妹校訪問

新川高校生とローズベルト高校生の集合写真
新川高校は、アメリカ合衆国・ポートランド市・ローズベルト高校と姉妹校提携を結んでいます。
3年に1度、生徒・教職員の代表が訪問し、お互いの交流を深めています。
■ローズベルト高校オフィシャルサイト【http://www.roosevelt.pps.k12.or.us/

ポートランドの紹介

人口約170万人、米国北西部第二の都市ポートランドは、各種調査期間のアンケート結果で、常に「最も住んでみたい都市」の上位にランクされている美しい自然にあふれた街です。また消費税が無いため、お買い物をした場合はお得感を感じるでしょう。

札幌市とは昭和34年(1959年)11月17日に姉妹都市の連携をしています。

ローズベルトキャンパスの概要

この高校は数年前から学校改革により、現在は3校のスモールスクールで構成され、総称が「ローズベルト高等学校キャンパス」と呼ばれています。

  ●ACT 校舎(芸術とコンピュータ工学系の学校) ●POWER 校舎(理数系の学校) ●SEIS 校舎(事務、法律、教育系の学校)

以上の3つのスモールスクールで構成され、それぞれに校長が配属されています。

ポートランド姉妹校訪問報告


■2014年 第9回

国際提携委員会 委員長  寺崎敏之


はじめに

平成元年以来25年にも渡って行われてきた姉妹校訪問は、今年度の訪問で9回を数えることになった。その事業の概略と第9回訪問団のアメリカ滞在の様子を報告していく。




1.事業の概略
(1)これまでの事業

札幌新川高校は1983年11月にローズベルト高校(アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市)と正式に姉妹校調印を行い、その後1989年(平成元年)以来、姉妹校訪問を行ってきた。予算の制約上、毎年の訪問は不可能なので3年に1度の訪問とし、生徒は在学中に1度は姉妹校訪問の機会があるように配慮して「姉妹校訪問団」派遣事業を行ってきている。

(2)これまでの派遣実績
 派遣生徒数引率者数派遣者計
全日制定時制教員PTA
1989年 第1回31105
1992年 第2回40206
1995年 第3回40206
1999年 第4回2647239
2001年 第5回903012
2004年 第6回802010
2008年 第7回1002012
2011年 第8回9-2011
2014年 第9回6-208
合計795232109

2.『第9回姉妹校訪問』の概略


(1)目的: 姉妹校との四半世紀を超える交流を深め、本校生徒が異文化を体験する機会を持つ。
(2) 派遣時期:2014年9月23日(火) ~29日(月)の7日間
(3)派遣人数:8名(生徒6名、管理職1名、教員1名)

3.アメリカ滞在の様子

7日間の日程概略は次のとおりである。

 

第1日目:9月23日(火)移動日(渡米)

アメリカ西海岸の夏時間は、日本との時差がマイナス16時間である。つまり初日は24+16=40時間もある大変長い1日になる。
姉妹校訪問団8名は、保護者と校長、教頭に見送られて千歳を後にし、国内の移動も国際線も、時間に関するトラブルなしでポートランド空港に順調に到着した。
ポートランド着は日本時間の深夜1時。私たちにとって最も眠い時間が現地時間では朝9時である。事前ガイダンス通りに、機内でなるべく長く睡眠をとることができて、体調不良の生徒はいなかった。全日程を通じて体調を大きく崩す生徒が出なかったのは、第9回訪問団の誇れる点の1つである。

 

空港では旅行会社が手配してくれた現地ガイドが出迎えてくれた。私は16年前になる1999年1月の第4回姉妹校訪問でもこの女性ガイドの方の世話になっている。当時息子さんがローズベルト高校に通っていたため、その姉妹校である新川高校に親近感を持ってくださっている。今回も柔軟に順調に、1日目のガイドをしていただいた。 もう一人出迎えてくれたのが、2か月前まで本校元ALTでポートランドに戻っていたフィリーシャ先生である。生徒にはサプライズであった。この日から平日4日とアメリカ最終日の合計5日間、ずっと我々の日程に付き合ってくれた。

 

 ホテルのチェックインまでの6時間は、アメリカの大自然を味わえる場所を一か所だけ訪れ、後は街と英語に慣れる時間をとるように計画してある。 はじめに、空港からミニバスで1時間移動し「コロンビア川 渓谷」に出かける。川は深く蛇行し、スケールの大きな滝とそれを囲む山並みが美しい。また、空気が澄んでいて、機内の乾燥した閉鎖空間からここへ移動してくると、生き返った心地になる。
 

 

次に、市内の「ロイドショッピングセンター」に移動して予定より長めに自由時間を取り、班別に昼食を摂って休憩する。ここは札幌ファクトリーの数倍の広さがある。
その後は市内散策の予定だったが、雨が降っていたため予定を変更し、後日訪問する市庁舎などの主要な箇所をバスで回ってからホテルに午後3時にチェックインした。その後夕食までは自由時間である。ホテルはダウンタウン(市中心部)の大変便利の良いところに位置しているので、生徒は班行動で近隣の観光スポットを回ったようである。

 

午後6時半に夕食のためレストランに移動する。
事前研修で学習した、チップを渡す習慣を実践する機会だ。「高校生が訪れるには高価すぎずに味が良く、ポートランドを代表するレストラン」というこちらからの少しわがままなリクエストを受けてフィリーシャ先生が厳選してくれたのは、ビルの壁から突き出した魚(鮭)で有名なシーフードレストランである。

団体予約では大人がチップをまとめて払うことになって生徒の体験にはならない。その点を配慮して、生徒3名ずつで2テーブル、大人用1テーブルに分けて予約されていた。

予想以上に生徒はメニューの英語の解読に手間取り、どれが何の料理かわからないようである。フィリーシャ先生が連れてきてくれた、同じく日本でALT経験がある男性が生徒のテーブルを回って、日本語と英語で料理の説明をしてくれた。魚料理を注文した生徒は日本でも見られないような絶妙な火加減の料理を堪能した。しかし、メニューの最後に小さく載っていたビーフステーキを頼んだ生徒は、その量と味付けに圧倒された。素直に魚料理を注文するべきであった。

食後にしっかりチップを払ってからレストランを後にして無事にホテルへ戻り、ようやくこの長い第1日目の日程が終了した。

 

第2日目:9月24日(水)姉妹校訪問 ①

滞在した「パラマウントホテル」は小規模な建物である。各階のデザイナーが違い、なかには地元大学の芸術学部の学生がデザインした階もあるという。  このホテルの良い点は、利便性や新しさ以上に、朝食が他のホテルよりも早く朝6時半から始まるため、高校の登校にかろうじて間に合うことである。

 

2日目は「5時半起床、荷物をまとめて6時20分ロビー集合」のはずが、起床できたのは1人部屋の男子生徒1名だった。彼が機転を利かせて他の階の生徒を起こしてくれたおかげで事なきを得た。 各テーブルに置かれた塩とコショウで自分好みの味に整えて食べる朝食に戸惑いながらも、一行は予定通りローズベルト高校に向けて出発することができた。

 

 

ローズベルト高校まではチャーターしたバスで30分の道のりである。高速道路を下りて姉妹校が近付くと、新川生は緊張した面持ちになった。しかし、到着してバスを降りてスーツケースを運んで校内に入るとホスト役の生徒が笑顔であいさつして出迎えてくれて、生徒たちの表情がやっとほころんだ。先に学校に付いていたフィリーシャ先生も出迎えてくれた。

 

新川生はこれから2日間、ホームステイ先の生徒と1対1でペアになって授業を受けて回る。姉妹校は単位制であるため、生徒はそれぞれの進路に合わせて科目を選択し、各学年が入り混じって授業を受ける。
みんな個別の時間割にしたがってバラバラに教室を移動するので、困った場合の集合場所を日本語教諭のランカスター先生の教室に決めてから生徒たちはそれぞれの授業教室に向かった。

 

ローズベルト高校の受け入れ態勢は完璧で、我々がロビーにいるとすぐに校長と副校長が出迎えてくれた。先生方にも生徒にも、姉妹校からの訪問団の来校が伝えられていて、どの授業を見学しても歓迎された。
訪問団の生徒は安心して学校生活を経験することができたようである。鳴海副校長とフィリーシャ先生、私の3人で広大な校内を歩いて授業を見学すると、新川生は英語で説明されてもわからない点があるものの、姉妹校の生徒と仲良く授業を受けている様子で、ひと安心した。

以下、授業風景をいくつか紹介する。

 

① 日本語の授業

新川訪問団受け入れ業務を引き受けてくれたのは日本語のランカスター先生である。彼は新川生をALTのように2日間、フル活用した。
1日目の朝に新川生を数名のグループに分けると、ランカスター先生は指定した日本語の授業にはホスト生徒と別れて参加するよう新川生にお願いしていた。生徒は何度も日本語の授業に参加し、自己紹介、日本に関する質問の受け答え、漢字・会話の指導、なかにはダンスを披露させられる生徒もいて、賑やかで楽しい授業になった。

ランカスター先生のおかげで、生徒たちは日本語の授業で注目されて活躍し、多くの生徒と仲良くなることができた。英語で理解するのが大変な授業を2日間フルに受けるよりも、日本語の授業で有効活用してもらったおかげで活躍でき、良い経験を手に入れることができたのだと思う。

 

② 演劇の授業

レイン先生は女優兼演出家。立ち姿が非常に美しい。演劇の修士号を取得している。
生徒たちはギリシャ悲劇・喜劇を学んでストーリー作成の基本を学んでから、創作劇に取り組む。
 ウォーミングアップで、英語の発音をイギリス式 → アメリカ南部式 → アメリカ西海岸式のものへと変えて、前回学んだ劇のせりふを輪番で言うなど、はじめから内容がかなり高度である。創作劇も面白い。生徒は真剣に演じることで授業を楽しんでいる。
 私はこれまでいくつかの州で高校の授業を見たことがあるが、その中でも最高に知的で面白い授業だった。

 

③ 昼食

1日目の昼食はホスト生徒とカフェテリアで摂った。ピザ、フルーツたっぷりの巨大なヨーグルトなど、好みに応じて選ぶことができる。

当番生徒が授業を抜け出して、職員とともにランチの準備を行う。新川生の中にも、ホスト生徒と一緒に食材を並べるのを手伝った生徒がいる。食品を並べる棚は、私がいままでに見たアメリカのどの高校のものよりも大きい。生徒の評判では、ここのランチはおいしいそうである。

 

④ 歴史の授業

図書館でリサーチしている様子である。生徒はグループごとにテーマに沿って細かい項目を調べてまとめている。一番手前の生徒が新川の1年生である。
図書館の広さは本校図書館の倍以上ある。アップルのPCが10数台も備え付けられていて、日本よりも環境は非常に恵まれている。

 

 

第3日目:9月25日(木)姉妹校訪問 ②

副校長と私は朝7時にホテルを出て高校へ向かう。生徒たちはそれぞれのホームステイ先から、車、スクールバス、徒歩など様々な手段で登校する。
 学校に集合して健康確認をすると、時差ボケと疲労で夕食も食べずに12時間以上寝てしまった生徒が1人いた以外は順調である。ホームステイ先も快適そうで何よりだ。ランカスター先生は本当に良いステイ先を用意してくれた。
 朝食は、自分で好みのものを作った生徒もいれば、シリアルのような食べ物の味が口に合わなくて苦労した生徒もいる。異文化体験の1つだと考えておこう。
 この日も生徒たちは1時間目から授業に参加した。前日とは打って変わって、顔見知りになった生徒たちが話しかけてくれるので、この日は朝からリラックスした状態で授業に臨むことができたようである。

 

① 授業風景

生徒が発言する授業が多く、その様子があまりにも堂々としているため、「とても同じ高校生とは思えない」という感想を新川生の一人が漏らしていた。
サイエンス・ウィング「科学棟」という一角に理科の教室が固まっている。
右の写真は物理の授業の様子である。実験を行って結果をグラフにまとめ、分析している。各班にアップルのPCが1台ずつ貸し出されている。

ローズベルト高校では、タブレットを持っていない生徒に対して無料で i Pad が貸し出されており、希望者は利用できるようである。また、全ての先生にPC1台とプロジェクターが与えられている。
これだけの設備があれば黒板を使わない授業が可能で、その分生徒は議論や分析を深める、考える時間を豊富に持てるようになる。(ポートランドの高校の教室からは黒板がなくなり、代わりにホワイトボードが設置されている。)
 札幌とポートランドの間に、大きな学習環境の差が生じていることを感じさせられた。

 

② 昼食

2日目の昼食はピザパーティーである。新川生受け入れに関わってくれた生徒をランカスター先生の日本語の教室に招き、日本語と英語の入り混じった言葉で両校の生徒が楽しく語る時間を持つことができた。

 

 

ピザは巨大で、水の容器は1ガロン(約4リットル)入り。宅配ピザには高校割引があり、大きいのに価格は日本の1/4程度の1枚7ドルだった。ピザパーティー1つをとっても日本との違いがあって面白い。

 

③ 新川とは違う校舎の様子

体育館の床は、床を覗き込んだ自分の顔が映るほどピカピカにいつも磨きあげられている。アメリカでは生徒ではなく清掃員に校舎の掃除・手入れをしてもらうため、輝いた状態を維持できるのだと思われる。
全校集会では、両側の壁から引き出し式の観客席が伸ばされて、生徒がそこに座る。それでもバスケットコート1面分以上のスペースが残る広さがある。

 

日本の高校には見られないのが、このアメリカンフットボール場である。芝の周囲は陸上の400メートルトラックになっていて、体育で生徒が持久走をしている様子は新川同様であった。
姉妹校にはこのほかに野球グラウンド、さらには広大な庭まである。
私は3度目の訪問にして今回初めて、学校の隅から隅まで敷地を歩く機会があった。ずいぶん広い高校だとは思っていたが、とてつもなく広いことが今回初めて分かった。

 

廊下には生徒のロッカーが埋め込み式で設置されている。以前は扉が傷んで汚れているものも目に付いたが、今回は生徒による絵が全面に描かれていて、しかもセクションごとに図柄が異なっていた。
 トイレのドアにも生徒による絵が描かれている。校内の雰囲気を明るくしようという意気込みが感じられた。

 

廊下の壁上段にはアメリカ各地の有力大学のぺナントが貼られている。UCLAやスタンフォード大学、ペンシルバニア大学もある。進学意欲の向上を目指していることが強く伝わってくる取り組みである。
このほかにも壁面には、成績優秀生徒の名前と評定平均値、「ハーバード大学 大学院卒」といった校長・教頭の学歴まで掲示してあって、学習に生徒の気持ちを向けていこうという雰囲気が校内に満ちていた。

 

④ 姉妹校訪問 終了

2日目の授業が終了すると、新川生はローズベルト高校の生徒とはお別れになる。美術や工作、演劇など座学ではない科目が新川よりたくさんあったおかげで、何とか2日間を乗り切ることができた。

新川生1人当たり平均で3回日本語の授業に参加して、漢字を教えたり文化を伝えあったりして交流するうちに、ホスト生徒以外にも友達の輪が広がって、下の写真のように違う講座の生徒とも仲良くなった。メールアドレスを教え合い、今でも交流が続いているようである。

 

第4日目:9月26日(金)親善訪問日

4日目はグラント高校と市庁舎を訪問する日である。
ローズベルト高校近辺にホームステイしている生徒は鳴海副校長が、遠くに分散している生徒は寺崎がそれぞれタクシーで迎えに行って、7時半過ぎにはグラントに到着していなければならない。大変あわただしい朝であった。フィリーシャ先生も現地で集合し、ペイジ・和子先生の出迎えを受けて、順調に学校訪問が始まった。

① 日本語の授業参加

授業のはじめは前時に学習した会話表現の小テストで、なかなか難しい内容だった。
ペイジ先生が事前に綿密に準備してくださったおかげで、グラント生は日本地図から札幌を見つけることができる上に、札幌の街や風物、雪まつりについても学習を済ませており、生徒たちは新川生に興味津々な様子である。
新川生が用意した札幌や新川高校紹介の写真をスクリーンに投影して説明したり、グループに分かれて日本語と英語でお互いの学校生活やアニメ、人気のある歌やグループなど、自由に会話し始めると両校生徒はすぐに打ち解けた。

この後、新川生は大量のおみやげをプレセントした。日本情緒を感じさせるお菓子、シャープペン、新川グッズなどである。これに感激したグラント生の1人が、お礼をしなければならないと考えてこの後学校を抜け出し、スーパーへ買い物に行ってしまった。幸い、先生方はおとがめなしで済ませてくれた。新川生はお返しにもらったスナック菓子よりも、その生徒の心意気と行動力に感動した。
新川生によると、グラント高校は日本語の授業のレベルも生徒の日本語力も高いそうである。いわゆる「おたく」のレベルでアニメや日本文化に詳しい生徒もいたようである。

② 複数の授業見学

グラント高校には授業参加の他に、15分程度ずつ複数授業の見学をリクエストしてあった。それに応えてペイジ先生は新川生を3人ずつ2班に分け、日系でバイリンガルの生徒をガイドにつけてくれた。これから校舎見学をしながら、1時間かけて4つの授業の見学に出かけるのである。写真の左から2人目のアクションが大きい生徒がガイド生徒である。

 

右の写真は「劇」の授業。ローズベルト高校と違って生徒が演じるのではなく、戯曲・台本の構成を学ぶことがその目的であるらしかった。生徒が書いた先生の劇画風の似顔絵やパロディー画が貼られてリラックスした雰囲気の教室の中で、レベルの高い授業が繰り広げられていた。

 

授業の形態は、ホワイトボードを使って生徒が延々とノートをとるという授業は数学以外はおそらくなかったのではないだろうか。多くの場合、先生がプロジェクター・スクリーンを使って説明し、生徒は実験やグループリサーチ、討論をするといった形式が多い点は姉妹校と共通している。 校舎見学中に校長先生と廊下でお会いした。その女性の校長先生は新川生の写真を撮ると、その場で学校のフェイスブックにアップして歓迎してくれた。今でもその写真は閲覧可能になっている。

 

 

ダンスの授業の先生は、プロのダンサー。

 

 

 

 

③ 廊下の様子

ローズべルト高校と違って、生徒用ロッカーは埋め込み式ではなく、壁から張り出している。
部活動の大会が近付いている生徒のロッカー扉には、友人が書いた応援メッセージが貼られていて、ほほえましい。
これはアメリカの他州の高校でもよくみられる光景である。Go Kana! は「がんばれ かな!」というニュアンスになる。

 

廊下のドアの梁以上の高い位置には、各年度別に部活動の集合写真が掲示してあり、その数は膨大である。上段が女子、下段が男子で、縦に同一種目を並べてある。 新川同様トロフィーを展示するガラスケースも多く設置されていた。

 

部活動勧誘や生徒が行う催し物のポスターが廊下からトイレの壁にまで貼られていた。 手が込んでいたり、逆にシンプルに訴えていたり、バリエーションが豊かで生徒が努力している様子が伝わってきて、印象的だった。

 

 

 

 

 

 

④ カフェテリア

予定では12時前にグラント高校を出てダウンタウン(市中心部)で昼食を摂り、市庁舎へ向かうことになっていた。しかし、「移動には路面電車MAXを最寄りの駅から利用して街並みを見る機会を持ってほしい。またグラントのカフェテリアを両校生徒で一緒に利用すれば楽しいし安く上がる。」とペイジ先生から提案されたので、そのように急遽予定を変更した。 広いカフェテリアでグラント生徒と会話し、7月に新川に来たケン君とマシュー君も合流するなど、楽しい昼食になった。

 

昼食後は路面電車の駅へ向かうことになっているが、急な変更だったので場所がわからない。困っていると、当日の朝転倒して足首を骨折してしまったケン君が、松葉杖ながら案内役を買ってくれた。
 学校から10分離れたところにある路面電車の駅までの道のりは複雑で、彼の献身的案内がなかったらたどり着けなかったかもしれない。ケン君はお世話になった新川に恩返しがしたかったのだそうである。ここでもまた、人のつながりに助けられた。

 

映画『陽のあたる教室』(英語名 Mr. Holland’s Opus)はグラント高校を舞台に音楽教師の人生を描いた作品で、その音楽教室は必見である。その音楽教室で合唱の指導をしていたのは、グラント高校卒業生の男性教諭だった。

 

⑤ 市庁舎表敬訪問

上田札幌市長の親書をポートランド市長に手渡す使命を帯びるため英語では『ポートランド親善訪問団』でもある我々8名は、9月26日(金)の午後、ポートランド市庁舎を訪問した。 「市長のオフィス」があるのは150年もの歴史がある建築物で、市役所の職員が働くのは隣の別なビルである。

 

国際交流担当のミラモンテスさんが出迎えてくれた。9月初めに札幌を市長とともに訪問した彼は、味噌ラーメンが忘れられないそうである。

 

 

チャーリー・ヘイルズ市長がこの日不在であることは、鳴海副校長と私が、札幌に来ていた市長に9月にお会いしていた時にすでにうかがっていた。市長代理の職員に市長の執務室に案内され、ポートランド訪問の感想を話すなど、終始和やかな雰囲気で懇談が進む。新川生を代表して3年生の河野さんが英語でスピーチを行い、訪問受け入れの感謝とホームステイの感想、そして今後は自分たちが姉妹都市交流の役に立ちたいと夢を語り、拍手を受けた。最後に副校長が親書を手渡し、表敬訪問は幕を閉じた。

 

これで『姉妹校訪問団』兼『親善訪問団』の公式日程はすべて終了である。鳴海副校長のスーツケースの半分近くを占めていたおみやげも、これですべて渡し終えた。生徒は翌日、ホームステイ家族との楽しい休日が待っている。全員、大きな解放感に包まれて市庁舎を後にした。

 

 

第5日目:9月27日(土)予定なし

学校が休みのこの日は、ホームステイ先ごとに休日を過ごすことになっている。
特別なことはせず、普通の休日を経験させてほしいと事前にリクエストしてあり、生徒は数々の、貴重な体験をした。ホームステイの様子の一部を以下に紹介する。


家族と一緒に作った料理

夜にフットボールの応援

家族と一緒に作った料理

少し早いハロウィーン。カボチャのJack o’ Lanternを作成

 

生徒たちは疲労に負けず、楽しく休日を過ごすことができたようである。

 

第6・7日目:9月28日(土)、29日(日)帰国

アメリカ最終日はホームステイファミリーに空港まで送ってもらい、副校長が各家庭にお礼を述べてからお別れになる。
姉妹校のランカスター先生が厳選してくれたホームステイ先は、過去に業者を通して探したステイ先よりも家族の結びつきが強い家庭が多かったようである。
家族で一緒に時間を過ごし、平日でも家族で夕食を作る家庭がこれまでよりも多かった。通常は手料理と外食、購入したものを家で食べる割合が1対1対1なのに対し、今回は2/3が手作りの料理である。
本校の生徒がホースステイする環境としては理想的だった。また、姉妹校ということで保護者・家族の思い入れが強く、生徒は6人とも恵まれたホームステイを経験できた。
鳴海副校長は各家族に、厚く感謝の意を伝えた。

 

写真ではにこやかな生徒たちも、別れ際は万感迫って込み上げてくるものがあったようである。
この日もフィリーシャ先生は朝早くから新川訪問団を待っていてくれて、生徒たちがデルタ航空のチェックインをするのを手伝ってくれた。最後まで親身に新川のために尽くしてくれたフィリーシャ先生には一同深く感謝している。

 

フィリーシャ先生とホームスステイファミリーに見送られてポートランドを後にした帰りのデルタ航空643便内では、生徒の行動に制約はない。好きなだけ映画を見るなど、生徒は自由に時間を過ごした。 成田空港到着時にはみんな疲労していたものの、武内校長からいただいていた餞別を使って和食を味わい、元気復活である。 その後の新千歳便も予定通りの時刻に新千歳空港に到着した。家族、学校関係者の見守る中、空港ロビーで解散式を終えて、旅行の全日程が終了した。  生徒たちは帰国後に生徒個別の報告書(図書館蔵)、全校生徒配布の簡略版報告書、1階廊下の掲示、ホームページ掲載資料を作成して、「第9回姉妹校訪問」という研修をしっかり終えることができた。

 

4.おわりに

今回は様々な支援を得て、本校の生徒・引率者のみならず、姉妹校とグラント高校の生徒と先生方、その他関係者にとっても大変有意義で、実りの多い交流ができ、これ以上ないというくらい素晴らしいポートランド訪問になった。 今後も、姉妹校と本校の双方に無理のない形で、妹校交流が続けられ、太平洋の両端の札幌とポートランドの友好関係が深まっていくことを願っている

 

 

 

■~第9回ポートランド姉妹校訪問 2014~(生徒報告)

私たちは、2014年9月23日~9月29日の1週間、札幌市の姉妹都市である、アメリカのオレゴン州・ポートランドを訪れました。

札幌市とポートランドは姉妹都市として長い間、関係を築いてきました。私たち新川高校はこの関係をより深いものとするため、ローズベルト・グラント高校を訪れました。
またポートランド市庁舎に親善訪問し、札幌とポートランドの親交を深める役割も担いました。

○街並み

オレゴン州に属しているポートランドは半分以上が木々に囲まれていて自然豊かな美しい所でした。大きな公園が多くあることが印象的でダウンタウンには日本とは違うお洒落な建物が多くありました。

 

 

 

 

○食べ物

量が多く完食するのが大変なほどで、濃い味のものが多くありました。ホームステイでの朝食はスクランブルエッグ、パンケーキ、ワッフルばかりで、夕食はパスタなどの麺類を食べる家庭がほとんどでした。他にはタコスを食べたり、ご飯を食べる家庭もありました。

 

 

 

○ローズベルト高校

生徒1人1人にホストスチューデントがつき、共に様々な授業に参加しました。この学校は授業中でも廊下に出たり、何かを食べていたり自由というより、けじめがありませんでした。しかし皆フレンドリーに話しかけてくれたので、なじみやすく沢山の交流が出来ました。

 

 

 

○グラント高校

新川高校は6、7月にグラント高校から留学生としてケンとマシューを受け入れました。今回は私たち新川高校が訪れました。
グラント高校はローズベルト高校とは違い、授業に真剣で、受け身にならない活発なものでした。
校長先生に急に撮られた写真がすぐにFacebookに掲載されていて驚きました(笑)

 

○市庁舎訪問

ポートランド市庁舎を親善訪問したときには、直接市長さんにお会いすることはできませんでしたが、国際交流担当のミラモンテスさんからポートランドと札幌市がお互いの街を訪問し親交を深めてきたことなどの話を聞くことが出来ました。

 

 

○ホームステイ

2日目以降はそれぞれ別のホストファミリーと過ごしました。最初は不安な気持ちでいっぱいでしたが、ホストファミリーが温かく迎え入れてくれたので有意義な4日間を過ごすことができました。英語だけでなく日本にはない慣習や文化などホームステイしたからこそ生で感じることができました。

今回の姉妹校訪問、ホームステイを通してポートランドでの暮らしや文化、アメリカの学校について多くのことを学ぶことができました。
今まであたりまえだと思っていた慣習や考え方を変える良い機会となり、新しい価値観を得ることができました。この貴重な経験をこれからの学習や生活でいかしていきたいです。

■2011年 第8回

英語科教諭 大川 祐子


1 はじめに

ポートランド訪問は、私自身は3度目でしたが、ウィラメット川の両岸に拓けた緑に包まれ、環境や食への安全意識が特に高く、地産地消を何よりも尊び、リベラルで友好的な考え方の人々が多く暮らすポートランドは、私が米国の中でも最も好きな都市の1つです。何年経て訪れても、そこで暮らす人々は古き良きアメリカを感じさせる親しみやすさと良心に溢れており、ほっとする安らぎがあります。

今回、渡米した時期は9月下旬からの5日間でしたが、たくさんの方に支えられて訪問が実現しました。外国の学校との交流を考える時、私たちは、まず、相手側の学校制度や事情について正しい理解をする必要があります。ご存知かと思いますが、米国の高校は4年制で、3ヶ月近い夏休みの終了後、新年度が9月に始まり、6月(卒業式も含む)に終了します。日本の大学のように、生徒はカウンセラー(またはアドバイザー)と相談しながら、International Rose Test Garden卒業後の進路を見据えた授業登録を9月に行い、以降は自分がとる授業の先生の教室へ毎時間移動して授業を受けます。教員は教えることにのみ責任を有します。生徒の授業の出席状況がおもわしくない場合の保護者との対応や生徒指導は副校長が行う場合が多く、校長も教職とは必ずしも関係しない幅広い人材からリクルートされ、業績が思わしくない場合はすぐ解雇されます。日本の学校と違って、組織として国際交流の担当者が決まっているわけではなく、海外からの訪問団の来訪についてもe-mailで全職員に連絡が流されて知らされる場合がほとんどです。


Pittock Mansion新年度開始早々に海外の訪問団をホームステイまで含めて引き受けるという先方の非常に厳しい日程を考えると、ポートランド日本語イマージョン教育関係者の方々が窓口となってこちらと事前調整を進めていただけなかったなら、今回の訪問は実現されなかったと、今でも思っています。

本校生徒のホームステイ先の決定に際しては、日本語イマージョン教育親の会(幼稚園から高校4年生まで)コーディネーターのAndrea Obanaさんに、グラント高校でのホストステューデント手配及び日本語授業参加や他の授業の見学では日本語教諭Kimiko Lupferさんに、姉妹校ローズベルト高校訪問や全スケジュールの調整では教育委員会イマージョン教育担当のMichael Baconさんに、ローズベルト高校での交流ではTee KamoshitaさんとElisa Schorr副校長に、その他ポートランド札幌姉妹都市協会理事のJames Hillさんや、札幌国際プラザ多文化交流部参事の後藤道さんをはじめ、多くの方々に本当にお世話になりました。この場を借りて、心からお礼申し上げます。


Roosevelt High School出発前、本市の上田市長を表敬訪問した際、「皆さんのような若い多感な時期に異文化の人々と交流を深めることはたいへん意義がある。友達を作って文化を教え合ってほしい。」と激励していただきました。今回の交流は、生徒たちに多くの発見や感動をもたらし、英語を通して広がる豊かな可能性に気づき、奮起し、交流した意義深い研修でした。

Columbia River Gorge

故ウィリアム・フルブライト上院議員が語った名言があります。『教育交流は、「国家を人々に変える」、すなわち国際関係を人間的にすることができます。それは他のどんなコミュニケーション手段もできないことです。私は教育交流が人々の間に必ず友好的な感情をもたらすものだとは思いませんし、それを目的とすべきだとは思いません。ただ、人間として共通の感情を喚起できること、言いかえれば、他の国々に自分達が恐れる教条があると理解するのではなく、自分達の国で育った人々と同じように喜びや悲しみ、残酷さや優しさを共感できる人々が住んでいる、ということが実感できれば充分だと考えます。』

言葉の壁や文化の違いを越えて、生徒たちには人間として感じることがあった5日間でした。




2 2校の学校訪問による交流について

(1)姉妹校ローズベルト高校での交流

印象に残ったことを2つ、記憶が新鮮なうちに、以下に記したいと思います。
最初に、学校訪問についてですが、姉妹校ローズベルト高校とJMP(Japanese Magnet Program)に長年関わっているグラント高校の2校を、幸運にも、今回、訪問する機会に恵まれました。

本校の姉妹校ローズベルト高校は生徒数1600人を有し、3校舎に分かれたキャンパスが市のはずれの北部に位置しています。

学校の地下には、生徒達のために、衣服や食料を無料で支給する場所や、医務室があり、最近になって州の援助で生徒1人に1台ずつPCが支給され、学校にいる間はコンピュータが使えるようになりました。さらにタブレット型の情報端末を支給してもらうように働きかけている最中だということです。

今、ローズベルトはさらなる改革に向けて進んでおり、いただいた記念品の中のリストバンドには、Roosevelt On the Rise!とスローガンが書かれてありました。

2011年9月から、ローズベルト高校にも日本語クラスが設置され、日本語を始めてまだ2週間程度の生徒達数十名が、親日的で日本語がたいへん上手な日本語担当の先生と共に、私たちの到着を玄関で楽しみに待っていてくれました。日本語授業を受け持つ先生の中には、9月から週に3回程ローズベルト高校で日本語授業を担当し、それ以外はグラント高校でESLのクラスを少しとコミュニティーカレッジで教えている方もいます。


ローズベルト高校生の人種は様々で、中でもアフリカ系アメリカ人、韓国系やインド系アメリカ人、ヒスパニック系アメリカ人が比較的多かったのですが、みな一応に、同年代の日本人生徒を暖かく迎え入れ、日本の学校制度や生活について関心を示してくれました。

私たちのために、ドーナツやスイカを中心とした軽食が用意されてあり、それらをつまみながら彼らの日本語の自己紹介を聞きました。最初の日本語授業の終了後、日本人生徒にホスト生徒1~2名がつき、それぞれが彼らの授業に参加しました。ローズベルトで日本語をとっている生徒は70名程度ですが、本校1年生の女子の1人が、代表として、別の日本語の授業で皆に折鶴の折り方を教えてあげ、大活躍しました。

この日は、午前中にプロの劇団が講堂でTo Kill A Mockingbirdという南北戦争直後の人種差別を扱った劇を上演しており、各教科の教師の裁量で見に行ってもよいことになっていました。 1人の黒人が冤罪に至る過程で、彼を取り巻く人々の言動が幼い白人の少女の視点から浮き彫りにされていきます。抗えない差別の現実を受け入れることが大人になることだというサブテーマが隠れた作品でした。

1日をローズベルト高校で過ごし、3時5分にチャーターしたバスが校舎を後にする際、何人もの生徒が手を振りながらバスを追いかけて私たちとの別れを惜しんでくれました。日本人生徒の中には、泣いている者もおり、みな一応に、ローズベルト高校での交流に感銘を受けました。
メールアドレスを交換しあい、生徒達はいまでも交流を続けています。


(2)グラント高校での交流

次に、グラント高校訪問について述べたいと思います。ポートランドでは、マグネットプログラムといって、語学や数学などそれぞれに力点をおいたユニークな試みが小学校から高校までで行われています。その1つとして、外国語イマージョンプログラムがあります。それを担当している指導主事の方もいます。

日本語だけではなく、中国語などでも行われていますが、完全な日本語イマージョン教育(日本語で算数や芸術などの全部または一部を教える)を行うのは、小学校段階だけであり、市内ではリッチモンド小学校が拠点校です。中学、高校と進むにつれて日本語を継続して取っている生徒数は減りますが、グラント高校4年まで続けると、13年間日本語学習をしたことになります。

グラントでは日本語授業を2人の日本人の先生が受け持っており、そのうち1人の先生のクラスの中で、希望者が2011年2月から2週間、別の方のクラスのResearch and Explorationをとっているクラスの希望者が2012年夏に、今までの日本語学習の総仕上げを兼ねて来札することになっています。


来夏札幌に来るクラスの生徒達と私の2年生実用英語(本校の学校設定科目)のクラスの生徒達はe-mailを通じて日英の言語によるcollaboration授業交流を開始しており、今回、直接お会いして一部作品をお渡しし、今後の授業の進め方、交流方法等について細かく意見を交流しあえたことは有意義でした。今後は、日米共通の話題について、日本語、英語でそれぞれの言語の学習者が学習言語で意見を書き、添削、コメント、意見の交流をe-mailを活用して生徒同士で行う「比較研究」を授業に取り入れていくことも考えています。

今回、グラント高校は2回訪問しました。そのうち、1回目は、ポートランド到着日の9月29日(木)午前中のピトックマンション、ローズガーデン見学とサム・アダムス市長表敬訪問終了後、午後1時50分~3時5分までの90分の日本語授業への参加です。それぞれの生徒が学習している言語を使って最初に自己紹介をし、日本人生徒もアメリカ人生徒のグループに1人ずつ配置されながら、楽しく交流を深めました。最初は緊張していた生徒たちも、用意してきた「ハイチュー」、「食品サンプル型のミニ消しゴムセット」、「紙風船と紙笛」、「金太郎飴」などを全員に配ると感激と興奮の渦に教室が変わりました。

Smile with host students!アメリカの高校は放課後になるとコーチが教えるクラブ活動に所属していない大勢の生徒は、すぐに校舎から去らなければならなりません。したがって放課後は、予め募ってくれていた有志の日本語授業受講生徒達が、日本語アシスタントとして長期滞在中の日本人大学生2人と共に日本人生徒達を公共の交通機関を使って街まで案内し、最近話題のドーナツ店などを含む観光スポットに案内してくれました。

その間、大人は別行動で、今後の交流等について話を進めた後、現地の方の車で、全員の宿泊場所であるMarriott City Centerに向かい、チャーターしたバスと落ち合って早期チェックインを済ませ、全員の荷物を部屋に入れました。その後、日米の高校生達と、パスティーニというイタリアンレストランで落ち合い、初めての夕食をとりました。


〈グラント高校の日課表〉


グラント高校はこの9月から日課表を替え、1校時が従来の50分から90分に変わりました。

  • 1校時 8:05~9:35
  • 2校時 9:40~11:10
  • 昼食 11:10~11:55
  • 3校時 12:00~1:30
  • 4校時 1:35~3:05


グラント高校は2期制(semester)で、通年ある科目もあれば半期で単位認定されるものもあります。

ブルーデー、ブラックデーのように色分けされて日課が決まっており、ブルーデーの時には、以下の例のように自分のとっている科目が1~4校時まであり、ブラックデーのときは5~8校時に書かれている科目が1~4校時にくることになります。たいていは、ブルーとブラックが交互にあり、同じ科目を週3コマ(90分×3)受けるような形になります。日によっては、1時間目に科目を設定しない日があり、その日は理解できなかった部分の質問や、受けられなかった小テストを必要な先生のところに出向いてできるようになっています。



Aさんの前期時間割

2回目のグラント高校訪問は10月3日(月)でしたが、この日は各自がホスト生徒の授業について見学する形を原則とし、午後すぐ開始の3校時にある日本語のResearch and Explorationのクラスで、日本人3年生2人を除いて全員が集合し、校長先生が授業に来る形で全員と初めて対面しました。 1日目に大人2人は校長先生にお会いし、2012年2月の来札の件も含めて(グラント高校からの訪問団が2週間来札する予定)話し合いをしていましたが、この時が正式な歓迎式になりました。参加したResearchのクラスは、日本語教育を受けて10年以上になる上級者クラスで、授業の進め方がホワイトボードに明確に書かれ、全員で日本語を使って音読しながら、わかりやすく授業が進められました。

授業は大きく、3部構成になっていました。

最初に校長先生の挨拶の際、日米1人ずつ生徒側から通訳者がでて、校長先生のお話を日本語や英語に通訳してもらう場が設定されました。本校からは、1年生の男子生徒が通訳をしました。彼は英語会話をずっと習っており、的確に校長先生の話しを日本語で通訳し、英語の質問にも分かりやすい英語で答え、聞いていて嬉しくなりました。他の日本人生徒も、校長先生にアメリカの高校を見学して気づいた違いや驚いたことについて順番に聞かれましたが、堂々と的確に日本語で意見を述べ、本校生のコミュニケーション能力の高さに感心しました。日本人生徒諸君、今後は英語力を高めてくれると期待しています!

次に、グラント高校の生徒達は新川高校のウェブサイトを日本語で読み、グラント高校との相違点について日本語でまとめて書いてくるという課題の発表を、5人程度のグループに日本人1人が入って行いました。時間を区切り、時間になると日本人生徒がグループを移り、3つほどのグループ内のディスカッションに参加できるようになっていました。2校間の部活動の違いやウェブサイトの構成について細かく調べた発表もあり、日本語の作文能力の高さにも驚きました。グラント高校のウェブサイトは毎日更新されるそうです。

最後に、グラント高校の生徒たちは研究課題を日米比較研究の形でそれぞれが設定し、それを研究するために来日するわけですが、そのテーマ設定にあたり参考意見がほしいという理由で、質問コーナーがグループ単位で設定されました。考えている課題の内容も、高校生の年齢にふさわしい成熟したもので、それらを日本語で、来日時に日本人生徒と交流しながら発表する場を作りたいと担当の先生からお聞きしています。私たちもしっかりとした準備をしなければならないと感じました。

日米双方の交流が多くある、計算されたひじょうによい授業でした。




3 ポートランドの方々のホスピタリティーにふれた週末の思い出

At Raccoon Lodge (restaurant)最後に、週末の10月1日(土)、2日(日)に生徒たちがそれぞれのホームステイ先のご家族と過ごしている間、引率者2人も楽しく有意義な時間を過ごしたことをご紹介します。

日曜日はお世話になった1人の方が郊外のコロンビア峡谷まで車で案内してくれました。以前にも訪れたことがあるのですが、そこは凍らない滝としてはアメリカで5番目に大きいMultnomah Fallsをはじめ、数々の美しい滝がカスケード山脈を背景に点在しています。途中、1982年まで貧困者を救済するためのマルトノマ郡の元農場兼収容所で1994年に歴史的建造物群を活かした複合リゾートに生まれ変わったマクミナンズ・エッジフィールドで昼食をとりました。


その日の晩は、生徒のホストの教会で、全ホストファミリーを交えたPotluck Dinner(持ち寄った料理を食べる夕食会)が行われ、その日が誕生日の本校女子生徒へのサプライズ・バースデーパーティーにもなりました。

彼女のために、大きなケーキが用意され、日本語と英語でお誕生日おめでとうの歌を全員で歌いました。忘れられない誕生日になったと思います。


前日の土曜日は、姉妹都市協会理事の方の車でポートランド市内のPowell's Bookstoreやハイエンドなスーパーマーケット、ショッピングモール、郊外のNikeの本社のあるNike Campus、ビーバートンの郊外まで1日中案内してくれました。その夜は関係する方々と一緒に、郊外のレストランで夕食をご馳走になりました。




4 「ともだち」の言葉のもとに続けられる震災復興支援

今回お世話になった方の1人は地域のミニコミ誌を主催しており、今回アメリカの方々が遠慮して口火を切らなかった日本での震災の話題を私から切り出した後、彼を通じてアメリカの現地の方々の多くの活動を知りました。

震災直後、ポートランド在住の日本人や日系人、親交のある人々はたいへんなショックを受けたそうです。震災後、これまで見られなかったほど日本人関係者が結束し、さまざまな活動をたちあげました。

お子さんの小学校では、息子さんを含め、小学生が各家庭をまわり、募金を呼びかけ、1クラスで平均2万から3万円の寄付を集めたそうです。主に教会関係者が日本の被災地での救援ボランティア活動参加のためすぐ来日する行動をとったそうですが、一般市民も、今でも、日本食料理店が主催する地域の秋祭りで「がんばれ日本」の募金活動やバザーを行い、家庭の奥様がボランティアで髪飾りを編んで収益金を日本に送るというような活動をしています。

2号分いただいたコミュニティー新聞には、ポートランドの有志の方々が、直接ボランティアとして被災地に出向いた時のレポートがシリーズで載っていました。アメリカから、すぐ必要になると思われる物資を直接持参して配り、足りない物がなければ買いに行き無料で提供した他、がれきの処理や汚泥の片付けに尽力した人々の生の声が掲載されていました。

彼らが、何よりも心がけたことは、避難所に通い、被災された方々の悲しみに耳を傾け、つらい思い出を少しでも和らげてもらうことでした。

関係する方達は、今、日本の被災者の方々に向けて、首と耳をすっぽりと覆うタイプの大量の「耳当て」を、冬がくる前に届くようにと被災者の方々に送る準備をしています。荷物はすでに発送手配され、もうすぐ第1便が福島県に届く予定です。 また、NPOを立ち上げ、その中で、ポートランドから学生1人の日本への留学や、ポートランドの学校に日本人職人や伝統工芸・文化を毎年紹介するような試みができないか模索中だと語ってくれました。

私たちはどうでしょうか。震災直後は、多くの支援活動がありましたが、震災から半年以上も経過した今でも、ごく一般の市民が細く長く継続した支援活動をしているでしょうか。海外にいる人々が「ともだち」という日本語のスローガンのもとに、今でも活動を続けてくれていることをどれほど多くの日本人が知っているでしょうか。集まった募金がMercy Corpseに最初 は届けられていたそうですが、適切に募金が必要なところにまわっているかが疑わしかったため、直接人材を派遣して被災市町村に届ける形にしばらく変えたこと、今では信頼できる直接発送ルートが開拓できたことなど驚くべき事実の数々を知る機会にもなりました。

ポートランド市には市長を含めて市議会議員が5人しかいません。札幌市は市長とは別に市議会議員が60人います。ポートランド市では市長を含めた5人が多数決で政策を議決し、NPOやLobby(利益団体)を含めた市民と大きく関わりながら政策を進めていきます。

高速道路のダウンタウンへの乗り入れを市民の力で阻止し、ダウンタウンの中心部の一部の公共交通機関を無料にし、自転車通勤を奨励することで環境に配慮した美しい街並みを存続させることを選んだポートランド市の人々。日本の震災復興のために、援助を継続してくれているポートランドの人々。今回、私たちを心からの善意と親切でもてなしてくれた人々。

アメリカ社会に生きる人々には、共通した何かがあると感じられてなりません。



The memories will stay with us forever…

■2008年 第7回

新川高校教諭  足達 圭二


今回7度目となる本校の姉妹校訪問について、引率者あるいは一英語教員の目で見、感じたことを雑駁ながら綴っていきたいと思います。

我が新川高校は3年に1度、アメリカ・オレゴン州のポートランドにある姉妹校、ローズベルト高校へ生徒を派遣する事業を行ってきました。本来であれば、その7回目は昨年度に実施されるはずでしたが、現地との連絡の不首尾などの事情により、今年度への延期を余儀なくされたのでした。このことにより在学中に応募の機会を得られなかった昨年度の3年生(卒業生)にも、ホームページで参加者募集の告知を行うことから、今回の派遣事業は始まりました。結局、申込締め切り日まで卒業生からの応募はなく、その予算として計上していた分を在校生に回すこととなり、結局これまでのケースより2名多い10名の生徒たちに派遣のチャンスが与えられることになりました。5月末に全校生徒を対象に募集をかけたところ、20数名の応募があり、国際提携委員会による書類選考・面接の結果、10名の生徒が派遣対象者として選抜されました。ただし選から漏れた生徒たちの中にも、熱心に意気込みを語ってくれた者がおり、実際の選考には先生方も頭を悩ませました。

今回の派遣では、予算の面でこれまでと違う問題が付きまといました。折からの原油高騰のあおりを受ける形で、航空費に加算される「燃油サーチャージ」が前例のないペースで上昇を続けたのです。生徒に募集をかけた段階では、実際に航空券の予約を取る時にどの位の金額になるか、予想がつかない状態でした。最終的には、参加生徒たちの自己負担を少々増やさざるを得なかったのですが、何とか当初の予算の範囲で収まってくれたのは、一安心でした。

晴れて参加者となった生徒たちは、出発まで5回のガイダンスを通して、海外派遣の心構えを学び、またしおり作成などの具体的な準備を行いました。さすがに全員積極的な取り組みを見せてくれましたが、とりわけ3年生の北川君・中出さんがリーダーシップを発揮し、それぞれのグループのとりまとめを行ってくれました。

しおりの作成に当たっては、青塚校長先生が自らアイディアを提案していただき、生徒たちがそれぞれ役割分担に従って原稿を作成して仕上げることとなりました。現在は各自がインターネットなどにより、簡単に海外旅行の情報が入手できることもあり、それぞれの個性を発揮したページが揃いました。

ただ、今回の派遣におけるもっとも大きな問題が、しおり完成の時期になっても解決を見ていませんでした。それは、生徒のホームステイ先が、出発の1週間前になってなお未確定の所がある、ということでした。この件については、近畿日本ツーリストやポートランドの代理店アズマノインターナショナルで尽力してくださったものの、結局全員の滞在先が決定したのは出発のわずか数日前でした。(この件にはさらに後日談があり、出発当日の朝になってから、ホストファミリーがインフルエンザにかかったため、急遽ステイ先が変わったのが3件、さらに現地で当日になって連絡が全く取れずに変更されたのが1件と、波乱含みのホームステイとなりました。)

さて、実際にポートランドで研修を始めてから、生徒たちの様子を見ていると、囲まれているすべての物に刺激を受け、感動しているのがこちらにはっきりと伝わってきました。空や山の色、空気のにおい、右側通行の車、何でも大盛りで大味の食べ物、そして四六時中耳に飛び込んでくる英語の波状攻撃。普段教室で彼らが耳にする英語は、英語学習者向けに調整がなされた加工済みの英語です。ところが、彼の地で出くわしたのは、まさしくむき出しで容赦ない、「産地取れたて」の英語なのです。生徒たちがレポートで書いているように、この体験でかなりの生徒がショックを受け、また苦労をしたようです。

しかし、今回の旅で彼らが初めて実感したであろうこと、それは英語は本来テストで点数をとるためのものではなく、人とコミュニケーションを取るための道具である、ということです。英語教員として、この当たり前の事実を、普段の英語の授業でなかなか教える機会がないというのは、歯がゆいことです。カリキュラムに余裕があれば、様々な方法で英語を使う楽しさを伝えたいのですが、受験を最優先しなければならない現在の日本の教育システムの限界もあります。

テストでは、どうしても間違いをなるべく少なくすることに注力しなければなりません。しかし、今回生徒たちが異口同音に言った、「先生、間違ってしゃべっても、結構通じるね。」という言葉は、英語(言語)というのは本来、それだけ柔軟性を備えていることを、自身で身をもって体感したという証拠でしょう。生徒たちには是非、間違いを恐れず、英語を道具として積極的に使う姿勢を今後の人生において、持ち続けてほしいと思います。実際、今後の英語学習への意欲に火がつき、将来の「リベンジ」を図っている参加者もいるようです。英語教員としては、こんなに嬉しいことはありません。

さらに生徒たちは、学校教育のシステム、特に授業のやり方の違いに少なからず衝撃を受けたようです。特に向こうの生徒たちの行動に面食らった者が多くいました。授業中に黙って板書を写している生徒はほぼ皆無で、先生に質問をする者、近くの者同士で話をする者、何かを食べている者、ヘッドホンで音楽を聴いている者、どれも日本の学校ではあり得ない光景です。さすがに食べたり、音楽を聴いたりしている者は、時に注意を受けることもありますが、基本的に生徒のペースで授業が進められていくのは、今回の参加者たちにはカルチャーショックだったようです。中には「日本もこのやり方をすれば、飽きずに授業が受けられるのに」と、その様子をしきりにうらやむ者もいました。しかし、そのことを話した生徒がホストマザーに、「きちんと勉強の力をつけるには、日本のやり方の方がいいのよ」とたしなめられたそうです。自分たちにないものを見たとき、その良い点ばかりに目を奪われがちですが、生徒たちには自分たちが持つアドバンテージにも気づき、客観的に比較できるようなバランス感覚を身につけて欲しいと思います。

何より、この海外派遣で生徒たちが得た一番の収穫は、人とのつながりであろうと思います。まったく初めての地で、言葉もままならない中、知らない自分たちを歓迎し、優しく接してくれた現地の高校生や先生方、ホストファミリーの人たち。これまで日本という限定された場所で、同じ日本人同士でのつながりしかなかった生徒たちが、習慣も言葉も人種も違う人たちと出会い、人間が本質的に持つ温かさに触れ、気持ちを通わすことの素晴らしさにだれもが気づいたに違いありません。旅程最終日、別れの朝に、出発するバスの前で目に一杯涙をためて、ホストファミリーと抱き合う生徒たちの姿に、こちらも胸が熱くなりました。生徒たちはあちこちでメールアドレスを交換してきたようです。今後も連絡を取り合って、いつの日かまた、今回お世話になった方々へ成長した姿を見せるような機会を自分たちで作ってくれれば、今回の旅も一過性のものでない、将来の国際交流につながるものになると期待をしています。

私自身もこの姉妹校訪問では、これまで見たことのないアメリカの一面を見、そしていろいろな方にお会いすることが出来ました。ローズベルト高校の先生方とは、お互いに持つ仕事上の苦労や問題について、有意義な意見交換をすることが出来ました。バイタリティーあふれる副校長のジェイソン先生は、まだ38歳とのこと。大いに励みになりました。また、モイヤー会長さんを始め、エリック副会長さん、グールディ洋子さんなど、ポートランド姉妹都市協会の方々には、生徒共々夕食会にお招きいただき、また今後とも国際交流に対する協力を約束して下さるというありがたいお言葉をいただいてきました。また、現地の旅行代理店アズマノインターナショナルのコーディネーターである籾山さん、ラーラさんにも大変細かなところまで気遣いをしていただき、全体としては成功裏に研修を終えることが出来ました。そして、札幌国際プラザの後藤さんのお世話なくては、この学校訪問を実現することは不可能でした。多くの方々に支えられた姉妹校訪問であったと、この場を借りて感謝申し上げます。